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出産前後

まさみです。
祐介も投稿してますが、無事に生後2カ月を迎えることが出来ました。

椋太も、むっちむちになってきて、あーうー、と喃語を発するくらいになりました。さらに、笑うことが増えてきて、その可愛さに、ん〜、たまらん!って感じです^^;

これを書けてるのも、祐介がお世話してくれてる間、カフェで一人の時間を過ごせてるからです(^^)
と、言いながら、ギャン泣きしてる、とお呼びがかかり、走って帰ることに^^;

で、サクッと出産前後のことを。

産前は、まぁ高齢出産の割には、妊娠線も出来ることなく、常に足の浮腫みくらいで、特に問題なく過ごしてました。

ただ、ハイリスク出産なんだから、絶対体重増え過ぎないで!とのことで、臨月近くは食事制限がちとツラかったような。。。
あと、臨月が8月でしたが、腹巻きは常にしていたので、暑くて外出も一苦労でした。

産院は、南林間の愛育病院にしました。
近所で甥っ子達もここで産まれましたし、無痛分娩で有名で、北里大学病院とも提携してるので。

まぁ、ホテルの様な、いわゆるゴー☆ジャス!な産院です。
私の柄じゃないので、ブリブリな内装になんか小っ恥ずかしさを感じてました^^;

あ、食事も豪華で、そんじょそこらのレストランより、美味しい盛り付けも美しかったです。
ある日の夕飯、こんな感じ?



まぁ、元々理想は、助産院で自然分娩して、食事も玄米菜食のところで、母子同室で、完全母乳で、布オムツで、なんて色々ありましたけどね^^;

もー、理想と現実って感じで、助産院って高齢初産は受付けない所が殆ど。
それと、自分の体力や、万が一の事を考えて、母子の命を最優先にと、しっかり対応出来る所に落ち着きました。

出産前日は、夕方くらいから陣痛もどきの前駆陣痛だと思ってガマンしてたら実は本陣痛で、日付け変わる頃には5分毎に来る陣痛に絶叫しまくり。

で、とうとうガマン出来ずに祐介に車出してもらって、早朝4時に産院に到着した時には、子宮口が半分近く開いてました^^;

あらあら、よくがんばったわね〜、と看護師さん。
あららら?私、計画無痛分娩の予定で、痛み感じないはずだったのに〜!とっとと来ればよかった!(T ^ T)
とボヤいたら、

ここまで痛みガマンしたなら、後はもう何てことはないわよ!と看護師さん^^;

確かに、産院到着後、約6時間で殆ど痛みは感じずに産まれて来てくれました(^^)

力みが上手、と褒められたのは、予定日直前まで毎週1日、健康体操の自彊術に通ってたお陰です(^o^)

出産した時は、あんな痛みを最後まで感じてたら、頭の血管切れるよ!無痛分娩でよかったーー!(T ^ T)自然分娩した人、超尊敬!と思うくらいでしたけど、自然分娩で快感を感じた体験談読むと、やっぱり自然にしてみたかったな、なんて^^;

とにかく、椋太の産声が聞こえた時は、無事に産まれてくれて、ホッとしましたし、その姿を見た時はまるで夢のようでした(T ^ T)

ただ、その後椋太が1時間近く戻って来なくて、何かあったんじゃないか?と祐介とかなり心配しました。

どうも、椋太がお腹の中で苦しくて、羊水に排便してしまう羊水混濁になっていたんです。
椋太の耳や肺に入ったうんちだらけの羊水をキレイにするのに時間がかかったそうです。

多分、私が陣痛をガマンしてる時、赤ちゃんもかなり苦しかったようです(T ^ T)
苦しい思いさせてしまったこと、キレイな羊水で産んであげられなかったことは、ショックでした。

それでも、その後は特に問題なく、私たちの元にやって来てくれた赤ちゃん。
その小さな存在に、2人共おどおどしながらも、命が無事にやって来てくれた喜びをひしひし感じてました。

よくがんばったね、よくずっと待っててくれたね、楽しい人生にしようね、と二人で話しかけました。

最初で最後の出産に、祐介が立ち会ってくれて、本当に心強かったです。祐介が気絶しなくてよかった^^;

あ、私も生きててよかった、と^^;
35歳くらいは、なぜか、産んだら死ぬ!って思いが腹の底からどんどん湧いてきて、勝手に涙が流れる、なんて状況でしたから。
まぁ、色んなセラピーを自分なりに学んで、時間かかりましたが、そのトラウマを乗り越えられたみたいです?

で、産後初日は産後ハイで、結構わたし大丈夫じゃん!と調子乗っていたら、2日目にガックシ。

出産報告メールで目を使い過ぎたのと、骨盤と会陰切除の痛みと、ホルモンバランスが変わった頭痛と、母乳出るか不安で精神的に不安定に。。。

それでも、3日目の夜に諦めていた母乳が無事に出てきた時は、神様ありがとう!私の身体すごいぞ!!!と思わずにいられませんでした^^;
期待しないでいると、有り難さがすごいものですね。

母乳が出始めてからは、今度は胸が張って痛くて仕方なくても、夜中の1時でも、新生児室の赤ちゃんが待っててくれてると思うと、お母ちゃんがんばる!と思えて、こうやって少しずつ母性は出てくるのかな?なんて。

そうそう、痛いと思って脇の下を見たら、なんと!ピンポン球半球くらいポッコリ膨れてる!なんじゃこりゃ!

で、それは副乳と言う哺乳類の複数あった乳首の名残りだそうで、女性の5%ほどが該当するそう。
私の身体は原始的〜^^;

で、ここは母子別室でゆっくり休めるかと思ってたら、講習や検診、3時間毎に授乳タイムがあったりと、何気に忙しかった入院期間でした。

そして、退院時の椋太は初のチャイルドシートも全く動じず爆睡で、一度も目を開けることなく、我が家へ到着しました。

そして、新たな3人での怒涛の生活が始まりました。
by 祐介 * - * 17:35 * comments(0) * -

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